人生哲学

【重い】死刑に関する岩田タクの意見

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混雑

こんにちは岩田タクです。

本日平成30年7月6日オウム真理教元代表、幹部達7人の死刑が執行されました。

これをきっかけに死刑について考えていきたいと思います。

皆さんが考えるきっかけになればいいと思います。



岩田タクは死刑に賛成か反対か?

 

まずは私の立場を示したいと思います。

私は死刑賛成派です。

 

死刑に賛成するわけ

 

なぜ賛成かというと、やはり命は命で償うべきと思うからです。

命は一度失われたらもう戻っては来ません。

失われた命に対する償いは命でしかできないと思います。

 

ただ、現在の日本では基本的には1人殺したところで死刑にはなりません。

この辺の法律に関することは全くの素人なので書きません。

でも、素人から見たらちょっと不公平とも感じます。

死刑は犯人の人権を害するか?

 

死刑の賛否を議論するときにここは一つの論点になりますね。

というのは、どうしても「冤罪」のかのうせいがある、ということです。

犯人ではないのに犯人として裁かれてしまう。

警察も人だし、裁判官も人です。

 

人である以上間違いは必ず起こります。

検挙や判決に間違いが起き、「冤罪」として裁かれ、死刑になる可能性もなくはありません。

それをして「死刑は人権侵害だ」という意見もあります。

 

正直それもそうだと思います。

間違って死刑になったら、確かに人権侵害です。

でも、元をたどれば、人が人を裁くこと自体にムリがないでしょうか?

 

人が人を裁くという矛盾

 

現代の司法制度は「人が作った法律を元に人が人を裁く」システムです。

これってかなり無理があると思いませんか?

人間である以上必ず間違いが起こります。

法律も裁判も間違う可能性はあります。

その「完全ではない」司法体系に人の命を左右する「死刑」という制度を当てはめて良いのでしょうか?



じゃあ、どうしろっていうんだ

 

人が人を裁くのがダメというのなら、どうすれば良いのでしょうか?

占いとかして神様に決めてもらえばいいのでしょうか?

現代において、それもちょっと無理があります。



人は「社会」を作る動物

 

人間は人間で構成された「社会」に住んでいます。

「社会」に住むことで、一人あたりの負担は減り、個別に行動する動物よりも格段に生存率が上がっています。

その「社会」は人間によってコントロールされています。

この「社会」に生きて、その恩恵にあずかっている以上、社会制度の不備も受け入れなければならないのだと思います。

司法が間違う可能性があるのは確かですが、この人間社会で生活する以上はそれも受け入れなければならないのだと思います。

 

やや強硬な論です。

でも、答えのない「死刑論争」を語る場合には自分の意見としてはこのあたりが限界です。

 

もちろん異論は認めます。

皆さんはどう思うでしょうか?

これも一つのきっかけです。

「命を奪う制度」について考えてみてはいかがでしょうか?

 

 

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