武道

【考察】こんなに平和な現代において「武道(武術)」を習う意味ってあるの?

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鎧

こんにちは岩田タクです。

今回は現代において武道(武術)を習う意義について考察していきたいと思います。



私の武道経験

 

今回の考察をするに当たって私の武道経験をまず晒します。

武道未経験者がこんな考察しても説得力ありませんので。

合気道(4年、初段)

古流居合(1日!!)→「このたび古流居合を始めました」

 

こんな私ですが、常々現代における武道(武術)の意味を日々考えてきました。

今回はそのまとめをここに書きたいと思います。

 

平和な現代

 

現代においては、刀で斬り合ったり、甲冑を着て戦ったり、弓で人を狙ったりすることはまずありません。

体術であれば護身のためごくまれに使う機会があるかもしれません。

しかし、基本的には「戦う術」としての武道(武術)をそのままの意味で使用することは無くなりました。

そんな世の中で武道(武術)をする意味って何でしょう?

 

競技としての武道

 

剣道や柔道などは競技化することで生き残り、発展しています。

柔道なんかはオリンピック種目にもなっています。

しかし、武道(武術)の目的は試合で勝つことでしょうか?

私は少し違う気がします。

 

私が思う武道を習う意義

 

ここで本題。

ここからは今現在私が思う「現代において武道(武術)を行う意義」を書きたいと思います。

精神修養

 

まずは精神の修行。

武道(武術)の稽古には武器を使う場合があります。

体術においても人を倒す技を習います。

人を傷つけるモノを扱うことで、普段の生活に無い緊張感が生まれます。

その緊張感が礼法に現れる。

また、人を倒す方法を稽古していながら逆に相手を敬う心になるのではないでしょうか?

また、高度な技術を学ぶことで自分の自信にも繋がります。

平和な現代ではなかなか味わえない緊張状態に身を置くことで、心を鍛えることができる。

ここに一つの意義があると考えます。

 

武術的身体操作の習得

 

武道(武術)は年を取ってもできるといいます。

スポーツ選手に寿命があるのに対して武道(武術)にはそれがありません。

きっと特殊な身体操作の方法があると考えられます。

 

また、古流武術において、その技は実際に戦の中の殺し合いで洗練されたものです。

筋肉や体格だけでは命をかけた戦いでなんとか生き残るには不十分です。

筋肉や体格に頼らない“何か”が技の中には隠れているはずなのです。

それを身につける事は平和な現代出会っても無駄なことではありません。

よぼよぼになって歩けない老人がいる一方で、鋭く刀を振るう老人もいる。

このことから武道(武術)には年老いてなお人生を生き抜くヒントがあるのではないでしょうか?

「武」文化の継承

 

武道(武術)は日本の伝統文化である。とも言えます。

ネットが発達し、様々な娯楽が出現してもなお落語や歌舞伎などの伝統芸能は続いています。

伝統芸能にはまさに“文化”として継承していく価値があるのです。

先人達が戦で生き残るために開発した技は、日本人の価値観や、美徳、精神性を良く表しています。

現代まで継承された武道(武術)を未来につなげていく事も武道(武術)を行う重要な理由になるのではないでしょうか?

 

まとめ

 

というわけで、個人的武道論でした。

話が小難しくなってすいません。

しかし、「なんで今の世の中に刀なんて使うんだろう?」と考えたとき、思考が止まらなくなりました。

今回はその思考の中でまとまった部分をアウトプットして見ました。

 

皆さんそれぞれ意見をお持ちだと思います。

それはそれとして私個人の意見を書きました。もちろん異論は認めます。

今回のテーマは、実は結構深い問題だと思いますので皆さんも少し考えてみてください。

温故知新。

過去を考えることは未来に繋がっています。

 

 

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