人生哲学

【考察】真面目に生きるということ

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人生哲学""

こんにちは岩田タクです。

今日は少々偏屈な考察をしようと思います。



真面目に生きるとは??

よく「真面目にいきているのになんでこんなにつらいんだ」という愚痴をtwitterで見かけます。

私もそう思います。

私も今まで真面目に生き来たと思います。

また、私の周りにも「この人真面目だな~」って思う人がいました。

でもそういう人は(私を含め)あんまり良い思いをしていませんでした。

そこで今回は「真面目に生きるということ」を偏屈に考察してみたいと思います。

皆様の人生の考察の参考にしてみてください。

 

 

真面目に生きているのに報われない

こういう人は多いのでは?

でもそりゃそうだと思います。

「真面目」とは結局「社会の要求に対して従順」ということではないでしょうか。

ならばその「従順」な人は飼い慣らしておくのが一番。

 

良い思いをさせず、かといってそれほど無下にもせず。

かつ、あんまりコストもかけず。

少々無理をさせつつ飼い慣らしておくのが効率が良いのでしょう。

「従順」な人は反発もしないでしょうし。

だからそういう人が「報われない」のは当然と言えば当然ではないでしょうか?

 

真面目に生きる""

 

真面目とは?

「真面目」とは結局「社会の要求に対して従順」ということ、と書きました。

「従順」な人は反発しません。

「従順」な人は頑張ります。

「従順」な人はつらい立場にあってもそれを良しとします。

そうして社会に迎合するのが上手い人が「真面目な人」ではないでしょうか?

 

「真面目」よりも大切なこと

「社会の要求に対して従順」な「真面目な人」は往々にして不利益を被りやすい、と書きました。

でも、そのような人達がいるから社会が回っていることも確かです。

 

確かに、「一部の人だけ儲かってずるい」と思うかもしれませんが、そのような一部の人はその下にいる多数の「真面目な」人が働いているから儲かっているのです。

資本主義社会においてはお金を持っている人が偉いので、一部の人のみが優位になっていると思われがちです。

しかし、そんなことはないと考えます。

だって、大多数の「真面目な」人がいなければ一部のお金持ちはお金持ちにはなれません。

「お金持ち」からお金を取ったらいったい何が残るというのでしょう。

 

ただ、「真面目」側も従順なだけではいけません。

主体性を持って自分の頭で考えなくてはなりません。

何について考えるか?

ぶっちゃけ、何でも良いです。

 

学問でも、スポーツでも、漫画やアニメでも。

「自分はこうなんだ!!」と言える物を見つけそれについても頭を使う。

自分の頭を使って考えたことは自分の物でしかありません。

主体性100%です。

これだけで「従順なだけの社会の歯車」から抜け出せるのではないでしょうか。

 

いけないのは「従順」すぎて思考停止に陥ること。

そうなってはもう搾取されるがままです。

 

考察の結果

「真面目なやつは損をする」のではなく「真面目を装って思考停止になっているから損をしているんだよ」

という結果になりました。

 

自分が今不利な状況にあると感じるならば、愚痴るのではなく「どうすれば幸せになるのか」を考えること。

考えて、できれば「言葉にする」こと。

 

日本は様々なセーフティネットがあり、また、様々なサポートを受けられる国です。

目的を持って考え、行動すれば、たいていの夢は叶う(もちろん例外有り)と思います。

 

前回の記事にも書いた通り世の中に完全というものはありません。

あなたが常識だと思っていることは常識ではないのです。

まずは疑い、考えてみてください。

 

 

 

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