天皇陛下について 日本の文化

国歌「君が代」の意味とは? ちゃんと知って、起立して歌おう

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君が代""

国歌「君が代」の意味

こんにちは岩田タクです。

今回のテーマは国歌「君が代」です。



歌詞は知ってるけど、意味はよくわからない、という人が多いかと思います。

今回は君が代の歌詞の意味について書きたいと思います。

 

まずは歌詞を見てみましょう

 

君が代は 

千代に八千代に

さざれ石の

巌となりて

苔のむすまで

 

この歌詞はもともと「古今和歌集」に収録されていた和歌です。

古今和歌集では出だしの「君が代は」の部分が「我が君は」になっていました。

 

一行づつ意味を訳して行きましょう。

「君が代は」→君のいる世の中

「千代に八千代に」→何代もの長い間

「さざれ石の巌となりて苔のむすまで」

→細かい石が集まって大きな岩となり、さらにそれに苔が生える位長い間

 

つまりは、「君のいる世の中が長く続きますように」です。

君が代のさざれ石""

↑さざれ石。小さな石が集まって大きな岩になっている

ここで問題なのが「君」の意味です

 

古今和歌集の時代には「君」は「愛しい人」を表す言葉として用いられたといいます。

なので、本来は、

「愛しい貴方がいるこの世の中がいつまでも続きますように」って感じでしょうか。

 

これが明治時代、歌詞を国歌として使う際に

「君」=「大君」=天皇

と位置づけ、

 

「天皇陛下の治めるこの日本が長い間続きますように」

 

と解釈して「君が代」が生まれました。

よく、「君が代は恋の歌」、という意見を聞きます。

たしかにもともとは恋の歌だったのかもしれません。

 

しかし、それが国歌として認定される上で、日本国の永続性を歌う意味に解釈されたのです。

そして大東亜戦争が終わるまではこの意味が受け入れられてきました。

 

戦争が終わってから少しややこしくなります

 

戦後GHQは「君が代」の斉唱を禁止しました。

理由は日本国民と天皇の絆を弱め、国民の精神の拠り所をなくし、日本を弱体化させるためです。

 

1946年(終戦の次の年)には教育要領から「君が代を学校で歌うこと」が削除されました。

さらに戦後に一部の人々の間で、

「天皇の治める世の中」とは戦前の帝国主義を想起させるものであるため君が代は国家にふさわしくない」

という意見が生まれました。

 

現代も国歌斉唱のときに起立しない教員がいると問題となっていますね。

それは、

「君が代」→「天皇の治める世の中」→「帝国主義」→「敗戦」→「悪」

というGHQから始まる戦後の流れが続いているのだと思われます。

 

「君が代」の現在

 

でも現在は教育現場でも国家を歌うことが義務付けられています。

1989年になってやっと指導要領が改定されたのです。

 

また、歌詞の訳については、

「君」=「天皇」=「日本国憲法下では象徴」=「帝国主義ではない」

という解釈です。

むしろ「国家が長く続くようにという歌詞は国歌として適当である」とされています。

まとめ

 

そんなわけで「君が代」は今も日本の国歌であり、「君」=「天皇」で、国歌としてふさわしい、ということがわかりました。

みなさんも国歌斉唱の際には起立をして大きな声で歌いましょう。

 

また、「国家を歌うこと」は学習指導要領の中で定められていることです。

国公立の学校の教員はそれに従わなければいけません。

もし、みなさんの近くに国歌斉唱しない先生がいたら、その人は違反をしています。

校長先生に言いつけてやりましょうw。

 

また、私は日本の国家はとても美しいと思います。

過去の記事『⑮祖国に自信を持とう』で他の国の国歌を紹介しました。

 

他の国の国家は大まかに言えば「先人が戦って築いた国家を我らも戦って守るのだ」といった血の気のあふれるものです。

世界史の大きな流れの中では普通の国はそういう血みどろの歴史を持つものです。

 

日本も地みどろの争いがなかったは言い切れませぬ。

しかし、その国歌はたおやかで奥ゆかしく、品のある歌詞だと思います。

内容も「国が末永く続きますように」です。

なぜこれを歌っていけないのでしょうか?

 

このブログを読んでくださる皆さんには、どうか日本という国の歴史を正しく知り、このおくゆかしき国歌を堂々と歌っていただきたいと思います。

 

 

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