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武道禁止令に対抗した武術家~ホントにあったすごい話~鹿島新當流剣術

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国井善弥""

武道禁止令に対抗した武術家~ホントにあったすごい話~

みなさんこんにちは。岩田タクです。          

今回の記事は武道禁止令が発令された時にホントにあったすごい話、です。



武道禁止令とは?        

  

戦後GHQは日本の占領政策としていくつもの決まりごとを作りました。

それらの目的は大東亜戦争でアメリカを苦戦させた日本人の精神力や誇りを抜き去り、日本を弱い国にする為でした。

 

武道禁止令もその一つです。

アメリカにとって武道、武術とは戦うためのトレーニングに見えました。

日本では小さい頃から武道、武術を習っていると知ったマッカーサーはこれを禁止します。

 

よく「礼に始まり礼に終わる」というように日本の武道、武術はその技術だけでなく、精神性も高いです。

マッカーサーは武道、武術がカミカゼや突撃といった自分の命を顧みず敵を倒すという厄介な精神を生んだと思ったのです。

 

この武道禁止令は日本が独立を回復する1952年まで続きました。

その後は徐々に武道、武術が復活しています。

この空白の時を境にそのあとにできた武道を現代武道と呼ぶようです。

 

GHQと対峙した武術家

 

さて、この武道禁止令が出来た時日本の武術家たちはもちろん反対しました。

しかし、相手はGHQ。

敗戦後で立場が弱い時期です。

 

なんとかこれを回避できないかと当時国務大臣であった笹森順造(自身も小野派一刀流剣術・神夢想林崎流居合・直元流大長刀術の宗家であった)はGHQを説得しました。

 

日本の武道、武術は相手を殺すことのみを目的とするものではないこと。

技だけでなく高い精神性、文化性があること。

最終的には相手と和することを目的とする「道」であること。

 

しかし、そんなことGHQにはわかりません。

「お前が勝ったら言うことを聞いてやらなくもないかな」

 

GHQは笹森に対してとんでもないことを言います。

「そこまで言うならアメリカ海兵隊最強の銃剣の使い手に勝ってみろ。こっちは本物の銃剣使うけど、そっちは稽古用の木刀な」

 

むちゃくちゃなこと言いますね。

でも、日本側はこれに受けて立ちます。

 

白羽の矢が立ったのは「昭和の武蔵」と呼ばれていた鹿島神流第18代宗家国井善弥。

その異名のとおり彼は剣術だけでなく、空手や柔術も修め、行った試合には負けなしだったそうです。

さあ、日本武道の威信をかけた大一番。

 

相手は本物の銃剣。

刺されば最悪死にます。

そんな不利な状況で国井はどう戦ったのか?

勝負は一瞬でつきました(2:20位から)。

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なんと、国井が勝ったのです。

これにはGHQもびっくりしたことでしょう。

それでも武道の解禁は占領終了まで待たされましたが。

 

しかし、この試合によってアメリカに日本武道のレベルの高さや、精神性を示すことができたのではないでしょうか?

また、戦争で負けている分ここで一矢報いたという気持ちももしかしたらあったのではないでしょうか?

こんなアニメのようなことが実際にあったのです。

 

そして、不利な状況に対して一歩も引かずに戦い、そして勝つ、しかも相手を殺してはいない。

技術、精神ともに圧倒的な差を見せつける理想のような話です。

こんなことが本当にあったのかと思うと胸が高鳴ります。

 

割と興奮しながら書いてます。

こういうカッコイイ話、好きですね。

占領下にあっても誇りを持ち、しかもGHQに勝った日本人がいた。

このことを伝えたくて、この記事を書きました。

興味を持ってもらえたなら幸いです。

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