歴史

ハワイの正装、アロハシャツの由来 実は日本が由来でした

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アロハシャツ""

こんにちは岩田タクです。

今回はちょっとしたコラム記事です。

アロハシャツは日本人が作ったって知ってました?



アロハシャツができるまで

 

1830年ころより日本からハワイへの移住が始まりました。

目的はサトウキビ畑での労働。

つまりは出稼ぎですね。

 

当時のハワイ王国ではサトウキビを輸出作物にするべく、サトウキビ農場が作られました。

現地の人々だけでは手が足りないということで、日本のほかにも中国やドイツ、スコットランド、ノルウェーなどから移民がやってきました。

 

もともと現地の農民たちはパラカという開襟シャツを着ていました。

日本人移民もそのシャツを着ていましたが、彼らは持参した着物を裁ち直してパラカ風のシャツを作りました。

高温多湿の日本で着ていた麻や木綿の布地はハワイの風土ともよく合いました。

それに着物の模様も現地の人に気に入られたといいます。

 

日本人移民にとって、ハワイは言葉の通じない土地です。

せめてものコミュニケーションとしてこの和風パラカに、ハワイ語で“こんにちは”を意味する“アロハ”と書いて着ていたのがアロハシャツの由来と言われています。

それが今ではハワイの正装になっています。

 

これほどまでに受け入れられたのは、服としての性能が風土に合っていたというだけでなく、

日本人の良さが伝わったからではないかと私は思っています。

 

サトウキビ畑での労働は過酷です。

現在のように大規模な機械がない時代、広大な畑に植えられたサトウキビの収穫は人力でした。

サトウキビの茎は硬い。

それを一日に何百本も収穫するのです。

 

(以下引用)

“1852年、3年間という契約で、中国より最初の契約労働者がハワイへ来島した。以降も中国より多数の労働移民がやってきたが、中国人らは定着率が悪く、契約終了後、独自に別の商売を始めたりするなどしたことにより彼らに対する風当たりが強くなったことから、ハワイ政府は中国人移民の数を制限し、他の国から労働力を輸入するようになる。”

(引用:wikipedia)

 

と書いてあることからサトウキビ畑での労働の大変さが伺えます。

性格の真面目な日本人には性にあった仕事だったのかもしれません。

ハワイと日本のつながり

 

ちなみに1881年に当時のハワイ国王カラカウア王が日本を訪れています。

ハワイを併合しようと迫り来るアメリカから身を守るために、日本に助けを求めてきたのです。

この時に娘のカイウラニ女王を明治天皇の甥に嫁がせるとまで言っています。

 

しかし、当時の日本も自国を守るので精一杯。

アメリカを敵に回したくなかったため、この申し出は断りました。

そして1898年ハワイがアメリカに併合されます。

すこし悲しい歴史です。

 

じつはハワイと日本は歴史的にも深いつながりがあったのです。

現在アロハシャツといえば「ラフな格好」というイメージですが、実はそんなことなかったのです。

ハワイの正装であると同時に日本がもたらした由緒正しい服装です。

次の夏はアロハシャツを着てみてはいかがでしょう?

 

 

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