天皇陛下について 歴史

日本国において天皇陛下とはどのようなご存在か ⑨古事記:「民のかまど」のお話

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⑨古事記:「民のかまど」のお話

古事記""

これは古事記に記されている仁徳天皇の話です。



民のことを思って政治を行う。

そんな理想の政治を日本は遥か昔から体現していたのです。

まずはどんな話なのか紹介しましょう。

 

概要

 

『ある日仁徳天皇が高台に立ち集落を見渡していると民の家のかまどから煙が上がっていないことに気がつきました。

天皇は民が困窮していてご飯の準備もできないということを思い至り、それから三年間税金をなくしました。この時こんな歌を読んでいます。

 

それ天(あめ)の君(きみ)として立つには、百姓(おおみたから)のため

 

天皇は民のためにいるのであって、民を飢えさせてはいけないという意味です。

税金をなくして三年が過ぎましたが、まだ民のかまどから煙は上がりません。

そこでさらに三年間、無税期間を延長しました。

 

その内に天皇のお住まいはボロボロになり、雨漏りがし、寝室からは空が見えたといいます。

天皇は雨漏りを器で受けて、漏れのないところに移りながら生活しました。

そうしてやっと民のかまどから煙が上がりました。

それを見て天皇は税金の徴収を再開しました。』

 

 

この話は古事記だけではなく日本書紀にも書かれています

 

日本書記によれば、自分の住まいがボロボロになっても税金を徴収しない天皇に対して民衆の“税金受け取ってくださいデモ”がおきたといいます。

このように民を思いやる政治をしたことから“仁徳”という徳のある名前をつけられ、また、そのお墓である仁徳天皇陵は世界最大の古墳となっています。

さて、この記事で言いたいのは仁徳天皇の時代(3世紀ころ)、日本では既にこのような素晴らしい民主主義の政治が行われていた。ということです。

 

3世紀ですよ、3世紀。アメリカは生まれてもいません。

中国大陸では皇帝の座をかけて戦いが続いていました。

ヨーロッパでは君主制が敷かれ、王様が民から搾取することが当たり前だった時代です。

 

そんな時に日本では王様が民のことを考えて政治を行っていました。

日本は世界のどの国にも先駆けて“国民のための天皇”という独自の民主主義を確立していたのです。

 

世界的に民主主義の考えが広まったのは1789年のフランス革命です。

日本は世界に約1500年先駆けて民主主義を導入していた国なのです。

そして歴代天皇もこの民のかまどのお話を当然ご存知で、仁徳天皇のように民を思いやることを体現してこられました。

昭和天皇は終戦後マッカーサーのところに行き、「私は死んでもいいから東条たちを許してくれ」と頼みに行きました(⑫マッカーサー奇跡の皇帝を見る)。

 

また、今上天皇は東日本大震災の被災地に赴き、ご自身が夜も眠れぬほど膝が痛いのを、一人一人の被災者の前でかがまれて、目線を合わせて励まされました。

このように自分のためというよりも民のためを思う皇帝は今も昔も天皇陛下以外におられないと思います(やや強引ではありますが)。

 

そんな天皇陛下をいただく日本は素晴らしい国だと思いませんか?

我々は別にアメリカの真似をしなくとも民主主義の心を元々持っているのです。

上の人間は下の人間を思いやり、下の人間は上を慕う。

そんな理想的な国家元首と国民の関係性を実はむかしむかしから我々は持っていたのです。

 

どうでしょうか。

少しだけ日本という国に誇りが持てたのではないでしょうか?

それは決して悪いことではありません。

 

洗脳とか、思想が偏っているとかではありません。

我が国の歴史を学んで当たり前に湧いてくる愛国心の種です。

どうかそれを大切にしてください。

 

このブログが皆さんの愛国心の種の糧になり、よりみなさんの為になるよう頑張って書きたいと思います。

 

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